
記
【日時】2026年12月19日(土)13時30分開会~17時35分 (受付開始予定13時10分)
【会場】青山学院大学 渋谷キャンパス 17号館17508教室
【開催形式】ハイブリッド開催(対面・オンライン)
【例会参加費】無料
【主催】六朝学術学会
【懇親会】18時開始 一般6,000円・学生4,000円(要予約)
【申込方法】
例会・懇親会ともに、2026年12月12日(土)正午までに、以下のいずれかの方法でお申し込みください。
(1)例会参加申込フォームでのお申し込み
下記URLないしQRコードよりお申し込みください。
(2)メールでのお申し込み
学会事務局(liuchaoxuehui@gmail.com)宛に、以下の①~⑥をご記入のうえ、お申し込みください。
①ご芳名(フリガナ)
②メールアドレス
③ご所属
④会員・非会員
⑤参加方法(対面・オンライン)
⑥懇親会の参加希望(参加・不参加/参加の場合は一般・学生の別)
※懇親会をキャンセルされる際には12月12日までにご連絡ください。
締切後、お申し込みいただいた方に、オンライン参加用のZoom URLおよび関連資料用URLをメールにてお送りいたします。メールは開催日前日までに送付予定です。
※郵送での参加申し込みは受け付けておりません。
※会員外の来聴も歓迎いたします。上記の要領でお申し込みください。
※例会当日、12時30分より、17507教室にて理事会を開催いたします。詳細は後日理事宛に連絡予定です。
六朝学術学会第49回例会次第
13:30 開会・会長挨拶 齋藤希史
13:35~14:35 研究発表
長島琳太郎(京都大学大学院)
「魏晋における『荘子』を巡る議論について―感情の問題を中心として―」
司会:和久希(二松學舍大学)
14:50~15:50 研究発表
田邉閑雄(二松學舍大學非常勤講師)
「陶淵明と謝霊運の影響関係及びその媒介者についての再考」
司会:坂口三樹(文教大学)
16:05~17:35 ブックトーク
大平幸代『山水と神怪―中国六朝の地域社会と説話―』(汲古書院、2026年)
登壇者:大平幸代(奈良女子大学・著者)
堂薗淑子(愛知教育大学)
付晨晨(東京大学)
司 会:狩野雄
17:35 閉会の辞 渡邉義浩
18:00 懇親会 一般6,000円・学生4,000円(要予約)
※開催についてのお問い合わせは、六朝学術学会事務局までメールにてご連絡ください。
謹白
問い合わせ先:六朝学術学会 事務局
【学会HP リニューアルしました】
https://liuchaogakkai.wixsite.com/mysite
【メール】liuchaoxuehui★gmail.com (★を@マークに変えて下さい。)
【発表要旨】
1:魏晋における『荘子』を巡る議論について―感情の問題を中心として―
長島琳太郎(京都大学大学院)
『荘子』は阮籍が「大人先生伝」「達荘論」を著して、向秀・郭象が注を施してより、思想史上きわめて重要な地位を占めるようになった。魏晋におけるこうした『荘子』の思想的な影響力の高まりは、いわゆる「名士」と呼ばれるような人々や、彼らを非難する人々を登場させるに至った。「名士」たちは、荘周自身の逸話をなぞるような放逸の態度をとった阮籍を模倣し、孫楚や王坦之など名教の側に立つ人々は、彼らの態度を、ひいては『荘子』の思想そのものを非難したのである。
以上のように、晋代以降『荘子』を巡る議論が展開されたのであるが、その論点の一つに感情の問題がある。『荘子』において感情の問題は、特に生死の問題に付随して論じられている。人の生死は自然の移り変わりに過ぎず、そのことを知る人にとっては、生死は感情を動かすに足りないことである、という論理が説明されるのである。これに関して、例えば阮籍は「大人先生伝」「達荘論」の両方で、死に対して哀しみを抱かないといった旨の内容を述べているが、一方で、例えば孫楚は「荘周賛」で『荘子』至楽篇の荘周の妻の葬儀の逸話を念頭に、妻の死を哀しむことをやめたという荘周の言葉を「いつわりの言」であるとして、「自然を失っているようなものだ」と批判している。
本発表では、感情の問題を通して、この両者の対立が「自然」とは何かという観点に基づいていることの究明を目的とする。つまり、『荘子』やそれを祖述する人々のいう「自然」とは天地における自然であり、そこでは生死は四季の巡りや昼と夜が入れ替わるのと同じような当然の変化であるから哀しむには足りないのである。一方で批判的立場に立つ人々のいう「自然」は人の感情の動きとしての「自然」であり、近親者や友人が亡くなって平然としていることは「自然」ではないと前者を批判するのである。この対立を明らかにし、これを通じて「自然」に対する認識の変遷を捉え、魏晋玄学に対する新たな観点を提示することを目指す。
2:陶淵明と謝霊運の影響関係及びその媒介者についての再考
田邉閑雄(二松學舍大学非常勤講師)
陶淵明と謝霊運との影響関係について、石川忠久氏と坂口三樹氏は、詩語の共通性などから考察して、年長である陶淵明が謝霊運に影響を与えたとし、さらにその媒介者は陶淵明と宴席で同席したことがある謝霊運の従弟謝瞻だとする。佐藤正光氏は石川氏・坂口氏の論を傍証し、光彩に関する表現面からも証明可能だとする。
本発表では、これに対し、陶淵明と謝霊運間の影響関係の時系列と、その媒介者が誰かについて再考する。
まず、単に年長であるからと言って、陶淵明から謝霊運への影響だと前後関係を断定するのは早計ではないだろうか。陶淵明と謝霊運の活動期間が重複している以上、貴族の家格としても、名声や文才に関しても、謝霊運のほうが遥かに格上であり、「詩文が完成するや否や都である建康中の人々がこぞって書写し持て囃した」との記述もある。よって当時の建康の人士はほぼみな謝霊運の詩を目にしていた可能性が高い。このことから、影響の前後関係を考えると、謝霊運が陶淵明に影響を与えたと考えるほうが自然ではないか。
次に詩文集の媒介者についても、謝瞻よりも適任者が存在すると考える。顔延之は謝霊運と同時期に、盧陵王劉義真の幕下で幕僚であった。盧陵王劉義真が謀叛の疑いで誅滅されたのち、顔延之は始安郡の太守を経て、当時江州にいた陶淵明と王弘の陣営に接近し親密な関係を結ぶ。そうであれば、「謝霊運などの詩文集は、陶淵明と宴席をともにしただけの謝瞻よりも、謝霊運ついで陶淵明の順に両者とより濃厚な接触をもった顔延之を媒介として、陶淵明と王弘の江州陣営に伝播した」と考えるほうが、より順当ではなかろうか。
このことを詩語と表現などの観点からも証明してゆきたい。
以上